下条ふるさとマップ

@ホーミ牧場あと
A瑞龍寺
B天王の渡しあと
C正楽寺(竹之内王子の墓)
D道しるべ
E大江川
F広い田
G牟呂用水
H神田川

 弁天の秋の月・・・・・・・・天王の弁天様の横にある池は、昔は8倍も大きい池でした。その池に
                 映る月は、とてもきれいでした。
 金西寺の暮鐘・・・・・・・・藤ヶ池の金西寺の鐘の音は、夕暮れ時は、特に心にしみわたるように
                 響いてきます。
 星野の晴風
・・・・・・・・・・五井町の北側の畑の中に、昔星野氏のお城があり、この地を星野と呼
                 んでいました。晴れた日に、この一帯に霞がかかると、青く霞んでそれは
                 きれいです。
 梁瀬の帰帆・・・・・・・・・・昔は、豊川を新城まで、舟が荷物をいっぱい積んで行き来していました。
                 新城から帰る舟が、天王のわたしの少し上流の浅瀬を行く様は絵のよう
                 でした。
 御所が池の落雁・・・・・・堀の内にある霊江寺の前は、昔は広い池になっており、御所ヶ池と呼ば
                 れていました。秋になるとこの池の上を雁が列をつくって飛んでいく様は、
                 誠に趣がありました。
 文武天皇陵の夜の雨・・竹之内の正楽院にある古い立派なお墓は、文武天皇陵と呼ばれていま
                 したが、そこに降る夜の雨は、昔の亡き王子をしのばせるものでした。
 鷺橋の暮雪・・・・・・・・・・暮川から下条に入る県道にかかる橋を鷺橋と言いますが、夕暮れ時、雪、
                 が降ると広々とした田をバックにとても趣がありました。

 近江八景をまねて、下条の趣きのある景色を昔の人が選んで作ったものですが、だれがいつごろ作ったかはわかりません。
下条七景

「下条」のいわれ
   大宝元年(701年)、文武天皇(もんむてんのう)は、東の方の国を征伐するために、三河の国に行
  幸(ぎょうこう)されました。しばらく星野の里にいらっしゃいました。
   牛車(ぎっしゃ)に乗られている途中、川を渡られたときに日が暮れかかったので「暮川(くれがわ)
  と名づけました。
   夜になって星野の行在所(あんざいしょ)にお着きになり、牛車から降りられました。そこで、この地
  を「下乗(げじょう)」と呼んでいましたが、後には「下条(げじょう)」というようになりました。 
    ※星野の行在所というのは、竹之内の中屋敷(なかやしき)という場所だそうです。